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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)3049号 判決 1958年5月17日

昭二七(ワ)第三〇四九号事件原告・昭二九(ワ)第四三三八号事件被告 佐々木サミ子

昭二七(ワ)第三〇四九号事件被告・昭二九(ワ)第四三三八号事件原告 森中義一

主文

被告は原告に対し別紙目録記載物件につき大阪法務局中野出張所昭和二七年七月一四日受付第一〇四七四号昭和二七年一月一〇日付譲渡に基いてなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告の原告に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、昭和二七年(ワ)第三〇四九号事件につき主文第一、三項同旨、昭和二九年(ワ)第四三三八号事件につき主文第二、三項同旨の各判決を求め、昭和二七年(ワ)第三〇四九号事件の請求の原因並びに昭和二九年(ワ)第四三三八号事件の答弁として、原告は別紙目録記載の物件の所有者であるところ、被告は原告から右物件の譲渡を受けていないのに拘らず原告の印鑑を冒用して昭和二七年(ワ)第三〇四九号事件の請求の趣旨記載の所有権移転登記をなしたのであるが、右登記は原告の関知しない無効の登記であるからその抹消を求める。仮に右物件が被告主張の様な譲渡担保であるとしてもこれを被告に明渡すべき法律上の義務はない、と述べ、被告の主張に対し、

第一、原告は被告主張の如き譲渡担保契約の締結に同意したことはない。原告は、訴外株式会社石川博商店(以下訴外会社と称する)が被告と綿糸取引をなすにつき被告から登記はしないが単に安心のため預けてくれと言われたので委任状、印鑑証明を渡したに過ぎないのであつて、登記することは全く承諾していない。仮に登記することをも承諾したと認定されるとしてもたかだか抵当権設定登記を承諾したに過ぎない。

第二、仮に譲渡担保契約がなされているとしても被担保債権は既に消滅している。即ち、

(イ)  訴外会社は昭和二七年五月支払不能に陥つて整理を発表し、同年六月二日債権者会議を開いた結果一一名の委員を選任しその決定に一任することとなり被告も委員の一名となつて協議し、同月一九日更に債権者会議を開いて討議をなした結果各債権者は債権の六割を放棄すること。残額四割のうち訴外会社は二割を支払い、残額二割は新に設立する第二会社で免責的引受をしてこれを支払うこと、とする整理案が満場一致で承諾され被告も勿論当日異議なく承諾したものである。そして訴外会社は被告に対し債権額の二割以上を支払つた。即ち昭和二七年五月三日現在における訴外会社の被告に対する債務は合計金六、三四三、七四三円であつて右に対する支払は計金四、一三一、一一二円であり優に七割に達しているので訴外会社の被告に対する債務はもはや消滅した。

(ロ)  仮にそうでないとしても、被告が譲渡担保の債権と主張する手形金三、六二九、九七一円はその支払期日の最も遅いもので昭和二七年七月三日であり、昭和三〇年七月三日限り時効により全債権は消滅しているから、原告は訴外会社に代位して時効を援用すると共に、原告自身としても担保提供者として右手形債務につき直接の利害関係を有するから右時効を援用する。尚被告は家屋明渡請求訴訟による時効中断を主張するが、時効の中断は当該債権自体について中断事由がない限り効力はなく、家屋明渡請求訴訟は債権自体の請求ではないから何等中断の効力を生じない。

と陳述し、立証として甲第一号証の一乃至六、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四乃至第八号証、同第九号証の一乃至三、同第一〇号証の一、二、同第一一、一二号証、同第一三号証の一、二を提出し、証人菱川勇夫同石川博一の各証言並びに原告本人訊問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、昭和二七年(ワ)第三〇四九号事件につき原告の請求棄却の判決を、昭和二九年(ワ)第四三三八号事件につき原告は被告に対し別紙目録記載(六)(七)の家屋を明渡せとの判決並びに仮執行の宣言を求め、昭和二七年(ワ)第三〇四九号事件の答弁並びに昭和二九年(ワ)第四三三八号事件の請求の原因として、原告主張の請求原因事実中原告が別紙目録記載の物件の所有者であつたこと、右物件につき原告主張の様な所有権移転登記がなされていることは認めるがその余の事実は否認する。被告は左記の理由により本件家屋の明渡を求めるものであり、原告の所有権移転登記抹消請求は失当である。

第一、被告はかねて訴外株式会社石川博商店との間において綿布等の売買取引を続けて来たが、右訴外会社は昭和二七年一月一〇日現在において原告に対し金三、五五二、〇六〇円の債務を負担するに至つたので同日右訴外会社と被告との間において、原告所有であつた別紙目録記載の物件を、原告の承諾の下に、訴外会社の被告に対する当時の債務並びに将来生ずることあるべき一切の債務を担保するため譲渡担保として差入れること、訴外会社が被告に対する一部債務の履行を怠つた場合には他の債務の期限前であつても期限の利益を失い、被告は何等の通知を要することなく本件物件を処分しその収得金で随意何れの債務に充当しても原告及び訴外会社は異議ないこと、担保物処分の方法は時期方法価格等一切被告の任意であること、等の約旨を内容とする譲渡担保契約を締結し、被告は移転登記に必要な書類の交付を受けた。

その後訴外会社は漸次右債務を決済して来たが、昭和二七年七月一四日現在において別紙第一表の如き為替手形金債務合計金一、九三七、五七一円(尤も家屋明渡事件においては一、九三七、一一一円と主張している。)につき債務不履行に陥り、且つ右訴外会社の姉妹会社たる株式会社辰美屋も被告に対し別紙第二表の如き手形金債務を負担するに至り訴外会社は同年七月一七日右債務の引受をなした。以上の経過により被告は前記譲渡担保契約に基き昭和二七年七月一四日本件移転登記をなしたものである。

第二、被担保債権は消滅していない。

(イ)  被告は昭和二七年六月一九日原告主張の債権者集会に出席はしたが、その決議案を不満として決議に参加せず決議事項に調印することなく引き揚げたもので、原告主張の整理案は承諾していない。その後被告は訴外会社より別紙第一表記載の債権額につき金二二四、七〇〇円の支払を受けたので、その残額金一、七一二、八七一円と別紙第二表の債権金一、六九二、四〇〇円との合計額金三、四〇五、二七一円の被担保債権が現存する。

(ロ)  原告は時効を援用しているが、被告は前記譲渡担保契約に基き本件物件を処分する為の方法として先ずその明渡を求めるため、昭和二九年八月一〇日家屋明渡訴訟を提起したのであるが、右訴訟は即ち担保権の実行であつてこれは時効中断事由たる履行の請求に該当するものであるからこれにより時効は中断されている。よつて本件移転登記は抹消の義務なく、原告は前記譲渡担保契約に基き被告に対し本件家屋を明渡すべき義務がある。

と陳述し、立証として、乙第一号証の一、二、同第二号証、同第三号証の一乃至四、同第四号証の一乃至五を提出し、証人本多康二の証言を援用し、甲第一、第九乃至一一、第一三号証の各成立を認め、その余の甲号各証は不知と述べた。

理由

原告主張の請求原因事実中、原告が別紙目録記載の物件の所有者であつたこと、右物件につき原告主張の様な所有権移転登記がなされていることは当事者間に争がない。

第一、被告は、右移転登記は譲渡担保契約に基いてなした旨主張するので判断するに、成立に争のない乙第一号証の一、二、甲第一〇号証の一、二、証人本多康二の証言を綜合すると、被告は、かねて訴外株式会社石川博商店との間において綿布等に関する取引をなして来たが、昭和二七年一月頃右訴外会社に被告に対する金三、五〇〇、〇〇〇位の取引上の手形債務が生じたので、被告の申入により同月一〇日被告会社の本多康二と訴外会社代表者石川博との間において原告の承諾を得た上別紙記載の物件を担保物として被告主張の如き内容の所謂弱い意味の譲渡担保契約が締結され、被告会社の本多は原告の委任状、印鑑証明書等の交付を受け、その後右契約に基き本件移転登記をなしたことが認められる。原告は、単に安心のために預けて呉れと言われたので右委任状、印鑑証明を交付したに過ぎず、譲渡担保や移転登記をする意思で交付したものではない旨主張し証人石川博一及び原告本人は右に副う供述をしているが、右各供述は前掲証拠に対比してたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠もない。

第二、被担保債権消滅の主張について。

(イ)  原告は、昭和二七年六月一九日訴外会社が被告から債権額の六割の放棄二割の免除を受け、訴外会社は当時の債務六〇〇万円余に対し四〇〇万円余の弁済をしたもので即ち残額二割以上の弁済をなしたことになるから被担保債権は既に消滅した旨主張し、証人菱川勇夫同石川博一は右主張に副う供述をしているが、却つて証人本多康二の証言によれば、訴外会社は昭和二七年五月頃整理を発表し債権者集会を重ねた結果、同年六月債権者集会において原告主張の様な債権整理案が提出せられたが、当時被告の代理人として出席していた本多康二は右整理案を不満として賛成しなかつたことが認められ、前掲菱川及び石川の各証言は、右本多の証言並びに原告提出にかかる決議同意書(甲第五号証)に何等被告の署名捺印のない点を考えあわせると、到底そのまま信用することができず他に原告の右主張を立証するに足る証拠がない。

次に昭和二七年五月三日現在において二〇〇万円以上の債務を訴外会社が被告に負担していることは原告の主張自体においてこれを自認しているところであるのみならず成立に争のない乙第三号証の一乃至四によれば、訴外会社は被告に対し昭和二七年六月二五日当時少くとも別紙第一表記載の為替手形金債務合計金一、九三七、五七一円を負担し且つその履行を遅滞していたことが認められるところ、証人石山博一の証言によれば訴外会社は昭和二七年五月一日現在六、三四三、七四三円の債務を被告に負担しておりその中三、五八一、一二〇円を支払い他にも一六○、○○○円および二〇〇、〇〇〇円をも支払い結局総債務の五割を支払つた旨供述しているが右供述はこの供述の根拠ともなる甲第七号証の記載と共にたやすく信用し難く仮に右証言をそのまま信用するとしても尚少くとも被告主張の一、七一二、八七一円以上は現に残存していたと言わねばならない。

(ロ)  次に原告は、被告が被担保債権と主張する手形金債権は、その支払期日が最も遅いもので昭和二七年七月三日であるから昭和三〇年七月三日限り時効によりすべて消滅した旨主張し、被告は家屋明渡訴訟を提起したことにより右時効は中断されている旨主張するので判断する。先ず、被告が昭和二九年八月二六日原告を相手方とし、前認定の譲渡担保契約に基き担保物たる本件家屋を処分する方法として家屋明渡請求訴訟(昭和二九年(ワ)第四三三八号)を当庁に提起したことは記録上明白である。そこで、右訴の提起が被担保債権の消滅時効を中断する効力があるか否かを考えると、一般に債権の消滅時効を中断する事由となるべき裁判上の請求とは、債権者がその権利内容を主張する訴を提起することを指すのであり、債権自体の給付又は確認の訴等がこれに当ることは勿論であるが、元来消滅時効殊に債権の短期消滅時効制度は権利の上に眠れる者を保護しないと言う趣旨に基くものであり、譲渡担保債権者が債権自体について給付又は確認の訴を提起していなくても、譲渡担保の目的物の引渡を訴求することは、結局担保権の実行による被担保債権の内容の実現を裁判手続によつて求めているのであるから、徒らに権利の上に眼つている者とは到底言うことができず、前記時効制度の趣旨から考えて担保権の実行手段たる担保物引渡請求の訴も又、時効中断事由たる裁判上の請求に当るものと解せられ、このことは民法第一四七条第二号所定の中断事由たる「差押」について、債権自体の債務名義に基く強制執行々為たる差押のみならず、抵当権実行のためにする担保物についての競売申立(本質的には譲渡担保における担保権実行のためにする換価処分の着手と同性質である)が含まれるのと全く同様である。

しかしながら民第法一四八条は「時効中断は当事者およびその承継人の間においてのみその効力を有する」旨を規定しており、これが例外としては地役権の場合につき同法第二八四条第二項、第二九二条、連帯債務保証債務などの場合につき同法第四三四条、第四五七条、第四五八条などの諸規定が設けられて当事者およびその承継人以外の者に時効中断の効力のおよぶ場合は厳に法律上明文を以て制限せられている。更に同法第一五五条は「差押、仮差押および仮処分は時効の利益を受ける者に対してしないときはこれをその者に通知した後でなければ時効中断の効力を生じない」旨を規定し、前記第一四八条の例外として中断当事者以外の者に中断効のおよぶことを認めつつもなおその者に対する通知がなければ中断効を生じないこととしている。以上の立法趣旨から考えると民法第一四七条第一号の請求中裁判上の請求が、ある債務の時効中断の効力を生ずるがためには例外規定の適用ある場合を除き当該債務の債務者に対してなされねばならず、これが物上保証人(譲渡担保提供者)に対してなされた如き場合、同法第一五五条の類推により主債務者に通知することにより中断効を肯定することができるかどうかの問題はともかくとして、それだけでは直に以て当該債務の時効を中断するものとなし難い。

してみると本件譲渡担保の被担保債権たる別紙第一表記載の手形債務のうち、最も遅い支払期日は昭和二七年六月二五日であるところ、手形引受人たる訴外会社に対する手形債権の消滅時効期間は三年であるから、本件被担保債権(別紙第一表)は消滅時効の完成によりすべて消滅に帰したものと言わねばならない。

なお被告は訴外会社の姉妹会社たる株式会社辰美屋も被告に対し別紙第二表の如き手形金債務を負担し訴外会社は昭和二七年七月一七日右債務の引受をなし本件譲渡担保権はこの引受債務にも及んでいる旨主張するけれども、仮にそうであるとしても右第二表の手形債権もまた支払期日は最も遅いもので昭和二七年七月三日でありこれもまた前同様の理由で時効消滅したものというべきである。

而して譲渡担保提供者たる原告は被担保債権が全部消滅した以上譲渡担保物件たる本訴物件の所有権が原告に復帰したことを理由に担保のための信託譲渡による本件原告より被告への所有権移転登記の抹消を求めることができ、また譲渡担保権が消滅に帰した以上被告は担保権の実行として本件家屋明渡を求めえないことはいづれも当然のことである。

よつて原告の本件所有権移転登記抹消請求は理由があるからこれを認容し被告の家屋明渡請求は理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決した。

(裁判官 宅間達彦 奥村正策 杉山修)

物件目録

(一) 大阪市阿倍野区北畠東一丁目一〇五番地の一

宅地 一三九坪五合三勺

(二) 同所一〇五番地の二

宅地 一四坪二勺

(三) 同所一〇四番地

宅地 五六坪六合一勺

(四) 同所八一番地の一

宅地 五六坪七合五勺

(五) 同所八一番地の二

宅地 一一坪二合五勺

(六) 同所一〇四番地上家屋番号同町第九番

木造瓦葺二階建居宅一棟建坪三六坪八合九勺二階

坪一四坪七合八勺

(七) 右附属建物

木造瓦葺平屋建倉庫一棟建坪二坪八合六勺

第一表、第二表<省略>

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